209号(201502) リストに戻る

もうひとつの明治維新〜敗者・伊達家 北海道開拓への苦闘〜

 今年もあっという間に2月入り、当初の暖冬予想に反し例年以上の降雪の日々が続いています。アベノミクスによる景気回復の恩恵も、地方や中小企業などに十分に行き渡っていない現状は、天気と景気の両面で日本の春はまだまだ先といった感じです。そんな中、BSプレミアム英雄たちの選択 (選択の崖っぷちに立たされた英雄たちの葛藤を、専門家が考証する番組)で、伊藤博文・福沢諭吉などのそうそうたるメンバーが顔を連ねる「明治十二傑」の一人に挙げられた、男爵・伊達邦成(だてくにしげ・農業家)の偉業を知りました。(民間人で初めて渋沢栄一と同時に明治天皇の叙勲を受けた人でもある)彼は宮城県の南部にある亘理町・・・仙台藩一門の亘理伊達家当主だったが、1868年戊辰戦争の敗北・・・新政府の処罰を受けた仙台藩は、2万人と言われた家臣の大量解雇を余儀なくされる。邦成は・・・家臣を救い、朝敵の汚名をはらすため、北海道開拓に活路を見出す。邦成の開拓地は、小さなアメリカといわれるほど今なお顕彰されている。(当時の新政府は、南下するロシアに対する危機感から、北海道へ移民を送り開拓させ、日本の領土であるという既成事実を作ろうとした。)当主自ら家臣を率いて移住し、「開拓事業の成功は、朝敵の汚名を受けた仙台藩人の冥加にかなう」「我らには、1,362戸、男女7,854人の忠義な家臣がいる。 この人材こそが資本!」加えて「 新技術を積極的に導入、新鋭な農機具を調達し、抜本的な農業改革に取り組む」「開拓の精神を次世代に伝えるため学校を設立」などが功を奏して、道内一の"けた違い"の成果を出した。彼等の偉業がなかったら・・・北海道の開拓は全く変わっていただろうといわれます。明治政府もこれを称え、明治18年亘理伊達家臣団を士族に復籍させたのでした。
 ところで、我が県内でも、鶴岡市(旧羽黒町)の松ヶ岡(現在55世帯が生活を営む小さな地区)は、かつて武士達が開拓をして築き上げたことで知られています。
 松ヶ岡を代表する旧跡「松ヶ岡開墾場」は、旧庄内藩の武士達が刀や槍を鋤(すき)や鍬(くわ)に替え、荒野を開墾し、論語を学び、養蚕業を興し、産業の振興に貢献した県民誇りの「歴史の地」です。記念館に展示される当時の古い写真(強い意志と鋭い眼光の旧藩士たちの集合写真)をご覧になれば、先人の思いが鮮やかに蘇ります!
そんな地が松ヶ岡なのです...皆様もぜひ、訪ねてみて下さい。

公認会計士 黒 沼 憲


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