245号(201802) リストに戻る

西郷どん〜庄内藩(南洲遺訓・南洲神社)と中山町(銅像モデル・長崎小校歌)〜

 今年は明治維新から150年 にあたることから、NHKの大河ドラマ「西郷どん」で維新の 立役者・西郷隆盛を取り上げています。150年前の激動の日本で、新たな価値を求めて命を懸けて戦った人々。なかでも特に存在感を放つのが西郷隆盛。その生涯は謎に満ちていますが、林真理子原作の「西郷どん」は、"誰も描かなかった人間西郷"の姿が浮かび上がり、"日本人、薩摩人、武士という枠を乗り越えてしまう、日本史上最もスケールの大きな主人公であり大きな男。""西郷という個性の男をもってしなければ、新しい日本は生まれなかった""どんなに偉くなろうが清貧を貫き、人にこびず、人を愛し、故郷を愛し、国を愛し続けた。たくましさと生命力と愛嬌にあふれた彼の生涯には、今を生き抜くヒントがあふれている。""日本を動かし、誰よりも国民の幸せを願い散っていった男の物語"等など、ハイテンションのNHKはメガヒット間違いなしと、太鼓判を押しています。
 ところで、我が山形も酒田市に南洲神社が奉られているとおり、西郷隆盛とは浅からぬ関係があるようです。幕末、庄内藩は、会津藩と並ぶ江戸幕府軍を守る双壁であり、最後まで果敢に新政府軍と戦い続けたため(戊辰戦争)、藩主・酒井忠篤の切腹を含めた、過酷な条件が提示されることを覚悟しながらも降伏した。しかし西郷は、庄内藩に対して寛大な処置をしたということで、庄内藩士たちに慕われた。そして、西郷から学んだ素晴らしい教えを後世に伝えたいと、旧庄内藩士たちは、"西郷先生から聞いた教え"を1冊の本にまとめ「南洲翁遺訓」という書物を発刊した。さらに、昭和51年には酒田の地に鹿児島の南洲神社からいただいた西郷の御分霊を奉ったのでした。
 次に私事で恐縮ですが、私の卒業した中山町立長崎小学校の「校歌」の歌詞にも西郷どんが関係しているのです。"海に入るまで濁らぬ水は、…"(母なる最上川の賛歌で始まる一番)"我が学び舎の開け始めに、西郷卿の臨席ありし…"(三番は、弟の西郷従道農商卿が開校式典に臨席された栄誉ある学校に学べる生徒達よ、大志を抱け!でした)
更に、友人の祖父が西郷どんに瓜二つとの評判から、鹿児島の西郷象のモデルであったとの縁もあり、身近な英雄の大作ドラマを興奮の中で鑑賞しております。

鹿児島出身で明治維新の立役者である西郷隆盛と、後の新政府で活躍した実弟・従道の兄弟それぞれに縁深い町が東北地方にある。校歌に「西郷」の歌詞が登場する小学校があり、鹿児島市・城山のふもとにある隆盛像のモデルとなった人物の出身地でもあるという。開校した1882(明治15)年、新政府の農商務卿だった従道は別の視察でこの地を訪れ、開校式にも出て祝辞を述べた。学校100年史にも「西郷卿 薩摩弁で何やら話した由」と記されている。昭和に入って校歌が作られた際、大歓迎した当時の様子を歌い継ごうと一節に残したらしい。=2017/12/21付 西日本新聞夕刊=

公認会計士 黒沼 憲


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