247号(201804) リストに戻る

西郷どんパート2

 NHKの大河ドラマ『西郷どん』も好評のうちに回数を重ねているようですが、ドラマの開始に合わせて年始に放送された「英雄たちの選択 新春スペシャル『幕末ヒーロー列伝 これが薩摩藩の底力だ!』」の再放送分を観ることができました。260年続いた江戸幕府を打倒し、新時代を切り開く原動力となった日本の南端にある「薩摩藩」、西郷隆盛や大久保利通、小松帯刀ら傑出したヒーローを次々と生み出した。日本が進むべき将来の明確なビジョンを掲げ、欧米列強とも互角に渡り合い、歴史を変えていった薩摩の英雄たち。なぜ、そんなことができたのか?「薩摩藩の底力」を徹底解剖する特番でした。教科書では、江戸時代末期(幕末)に雄藩と呼ばれた薩摩藩、長州藩、土佐藩、肥前藩4藩のいわゆる「薩長土肥」が明治維新を推進したと教わってきましたが、幕末の英傑との誉れ高い"あの人!"も、"この人!"も薩摩藩士であり、現実は薩摩一藩で成し遂げた!のではと驚がされてしまいました。中でも印象深かったのは、類まれなる傑物の藩主「島津斉彬」のリーダーシップと薩摩藩伝統の「郷中教育(ごじゅうきょういく)」呼ばれる独自の教育制度、(近隣区域に住む少年たちが集団をつくり、そこで自治教育を行う)があったことでした。知識や武芸はもちろん、仲間同士の団結や長幼の順守、主君のために命を捨てる覚悟や礼節といった「生身」の人間教育が行われていました。西郷も大久保もこの郷中教育の中で揉まれて己を磨いたようです。後の日露戦争における日本海海戦で総指揮を執った東郷平八郎も薫陶を受けた一人で、郷中教育のカリキュラムには、詮議とも呼ばれる「ケーススタディー・ディスカッション」が多く組み込まれていたということで、大戦果も東郷にとっては始めから計算し尽くされていた!のではと感じ入った次第でした。ちなみに詮議の典型例としては「親の敵と藩主の敵が両方一緒に目の前に来たら、どちらを先に成敗するか?」で、薩摩藩での模範解答は「行き当たり次第に」だったとのこと。 要するに逃げらてしまえばお終いで、両方のどっちかでもが正解…。(これが水戸藩や会津藩だったら、きっと主君の方からと教わるはずと。) 「もし何々ならば」の質問を子どもの頃から 何千回、何万回と繰り返して問われ、普段から皆で「考える」習慣を身につけていたということでありました。更に、日本の南端にある薩摩藩は地政学上も有利な場所(見晴らしのいいところに立っている)だったこと。黒船来航よりはるか前から、諸外国と交流があり、多くの相手国を知っていたこと。あらゆる局面で藩主「島津斉彬」の強力な後ろ盾があったこと等が強みとして上げられるのだそうです。
 余談ですが、ドラマ『西郷どん』からは、彼らは粗末な食料で生活をしているように映りますが、その割に西郷隆盛も大久保利通も背が大きく健康的に見えます。事実、薩摩では彼らに限らず高身長の者が多かったようです。そこには、薩摩の食事情ならびにその他の文化事情があったらしく、救世主となったのが、サツマイモでした。 荒れた土地でも収穫でき、栄養価も高く庶民の強い味方でした。加えて、愛された食材が豚肉でした。日本人の間では、長らく獣肉のタブーがありましたが、 中国・琉球・西洋から影響を受け、豚肉も食していたようでした。 「食育」の大事さもよく解りました!

公認会計士 黒 沼  憲


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